土肥慶蔵 (どひけいぞう)
慶応2年(1866)~昭和6年(1931)
66歳 没
府中松原(現NTTの地)で石渡宗泊の次男として生まれ、24歳の時、母方の叔父土肥淳朴の養子となりました。13歳で上京して東京外国語学校、東京帝国大学医学部に学び、明治23年(1890)同校を卒業しました。同校助手・大学院卒業を経て、ドイツ・フランスなどに留学し、皮膚病学等を学びました。
同31年(1898)に帰国後、東京帝国大学医学部助教授としてわが国の皮膚病学の創始者となり、同年33歳で教授、翌年、日本皮膚科学会の会長となりました。その後は後輩の指導にあたるとともに医学上の多くの業績を残しました。ヨーロッパの国際学会でも広く活躍し、当時の皮膚科学の世界的権威でした。
一方、武生郷友会を創立し、上京して勉学する学生の支援に尽力し、また、若越(じゃくえつ)医学会を創設するなど郷土の人々の教育にも力を尽くしました。



