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前田利家は、織田信長の赤母衣衆(あかほろしゅう)の筆頭となり、永禄12年(1569)に兄利久にかわって家督を継いで荒子城主となりました。この時、利家は前田家の旧領と合わせて2450貫を領しました。その後の戦功で知行が加増されたと考えられますが、確かなことはわかりません。利家は元亀元年(1570)の本願寺衆徒との戦いにおいて、春日井堤で奮戦した功により、近江国長浜に1万石を与えられたとの一説がありますが確証はありません。一般的には天正3年(1575)9月に織田信長によって越前の国割が行われ、「府中辺二郡」十万石が前田利家・佐々成政・不破光治の府中三人衆に与えられたことをもって、利家が大名になった最初と解されています。給地については、3人が十万石を均分して知行し、序列上の差もほとんどなかったと考えられています。利家は、府中城の築城事業、家臣団の充実、検地や刀狩、さらに一揆衆の鎮圧を行うなどして、領地を支配しました。
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