越前府中・前田利家紀行「戦国武将のゆかりの地をたずねて」
龍門寺(りゅうもんじ)
越前市本町 0778-22-2215
龍門寺城跡(曹洞宗、越前市指定文化財)
 

龍門寺本堂(部分)  龍門寺は正安元年(1299)に悦巌崇禅(えつがんすうぜん)によって創建されたと伝えられています。龍門寺城は府中の南寄りに築かれた平城で、越前制圧の要衝として軍事上重視されていました。天正元年(1573)8月の織田信長による朝倉義景討伐に際しては、北近江から敦賀、府中を経て一乗谷へ敗走する義景を追って、信長はここに陣を移して軍勢を指揮しました。また、天正3年(1575)8月の越前一向一揆討伐においても、信長は再びここへ陣を構えています。一向一揆を壊滅させて越前の再制圧を果たした信長は、府中三人衆に府中やその周辺を支配させますが、龍門寺城にはこの中のひとり不破光治が拠(よ)ったといわれています。さらに、天正13年(1585)には、木村常陸介(ひたちのすけ)が府中領主となり、若狭から高僧を招いて城内に龍門寺を再興したといわれています。
 正徳元年(1711)の「府中御城下絵図」(経王寺蔵)には、龍門寺をはじめ正願寺・陽願寺・蓮尚寺・超恩寺・大宝寺・妙高寺の寺院群が集中する区域を取り囲むように水路が描かれています。この水路は堀の名残であった可能性が高く、かつての龍門寺城はこれらの敷地を含んだ大規模な城郭だったと考えられています。江戸時代には門前より北部一帯を「古城」、さらに南部を「下の濠(ほり)」と呼んでいました。
 現在、龍門寺境内の南側に残る堀跡は墓地に利用されていますが、起伏に富んだ地形から堀の深さや幅が実感できます。
関連人物
不破光治(?〜1580)

龍門寺遠景(旧北陸道より南西を望む)本町寺院郡
龍門寺 本堂龍門寺城跡(龍門寺境内)
龍門寺龍門寺城跡
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