■トップページ ├■府中三人衆 | ├■前田利家−府中三人衆略年表 | ├■不破光治 | └■佐々成政 | ├■ゆかりの地探索(コース) | ├■武生マップ(駅前周辺・味真野) | ├■府中城跡 | ├■宝円寺 | ├■龍門寺 | ├■経王寺(府中御城下絵図) | ├■小丸城跡 | └■越前の里万葉館(文字瓦) | ├■こぼれ話 | ├■ボランティア(語り部) | ├■まつの念持仏 | ├■大文字屋跡 | └■千世(寿福院) | ├■交通アクセス | ├■その他 | ├■たけふ菊人形 | ├■卍が辻 | ├■越前市武生公会堂記念館 | ├■蔵の辻 | ├■紫式部公園 | └■藤波亭 └■お問合せ
このサイトの写真・記事などの 無断転写・転載を禁じます。
越前市本町 龍門寺の前の道を北へ約50メートル行くと有名な「卍が辻」である。伝承によると、織田信長が武生の龍門寺に陣屋を構えた天正元年(1573)と天正3年の二度の戦(初めは朝倉義景軍と、後は一向一揆勢との戦乱)の頃に、龍門寺城を守っていた信長の部将が、駆り集めて雇った足軽などの人数を数えるために、辻いっぱいに雇兵を入れ、いっぱいになれば出口から出して、人数を数えるための、いわゆる「人桝」として造ったものだという。